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「ったく……何やってんだよ」
 しばらく歩いてから、どこかのカフェへ入り、どっかりと座って一息ついたかと思うと、呆れた視線を勇気はユフィリアへ向ける。
「だって、ユーキ早いんだもん」
 口を尖らせ、不貞腐れるユフィリアを見て、勇気は気付かれないように溜息をつくと、思い出したように、
「これ、着けてろ」
 言葉と一緒に手に転がったのは、小さな赤いピアスだった。
「これ……」
「ちょっとした細工してあるから、それで能力あるって気付かれることは少なくなるだろ」
 言葉を遮って言った勇気の台詞に、ユフィリアは難しそうに首を傾げて、少ししてから、首を左右に振って。
「これ、着けれないよ?」
 その言葉に、勇気は驚きの色を浮かべ、間にある机に上半身を乗り上げるような形で、ユフィリアの髪を退けた。その下にあるのは、ピアスをつける穴などない、耳。それを確認すると、ゆっくりとした動きで元に戻り、うな垂れた。
「あー……そうか。そうだよな。……馬鹿かよ、俺は」
 ぶつくさと一人ごちて。
「悪い、どうにかするから、もう少し我慢してくれるか?」
 勇気にしては珍しい言い方で、それに気圧されしたユフィリアは頷くしかなかった。(といっても、拒否する理由もない)
「別に大丈夫だと……思うよ」
 大丈夫、と言い切れる自信などなかったが、言葉は自然と溢れ、言い終わってから「思うよ」と言ったので、付け足した感じになってしまった。
「出来るだけ早めにどうにかするから」
 そういえば、と唐突に思い出した。――勇気はあの視線に気付いていたのかを。
「ユーキ、あのさ」
 少し言いかけたところで、ユフィリアはそこから先を飲み込まざるを得なくなった。押し黙ったユフィリアの口の前には、勇気の指。「喋るな」と、目で言われる。
「……出るぞ」
 声を押し殺してそれだけを伝えると、本人はさっさと立ち上がり、外へ出てしまった。慌てて勇気の後ろを追いかけ、外へ一歩踏み出したとき、空気ががらりと変わるのを感じた。
「ユーキ?」
「……つけられてる」
 顔を顰めながら言う勇気を、ユフィリアは不思議そうに見つめた。
「何」
 不機嫌全開、という雰囲気を漂わせている勇気。
「大丈夫?」
 不意に聞かれたことに、勇気は少し考え込んで、
「今日、もう休んでいいか?」
 気分悪い。
 そっと呟いた言葉は吐き出されたばかりだというのに、今にも消えそうな位小さく、それはそのまま、勇気の状態を表しているようだった。




 祭り並みに賑わった街中で、ユフィリアは少し止まって後ろを見、勇気の背中を追いかける。それを何回か繰り返していた。
 皆と別れてから微かに感じていた違和感。それは段々とはっきりしてきた。人の気配と視線。普通のではなく、何かの悪意が込められている。それを勇気に言うべきか、言わないべきか。
 ずっと考えていたユフィリアは、しばらくしてから、勇気が目前にいないことに気付いた。
「あ、れ……? ユーキ?」
 背伸びをして前後左右を見回しても、勇気の姿どころか、あの赤い髪でさえ目につかない。
「ユーキ……」
 呟き。立ち尽くすユフィリアに肩がぶつかっても、まるで気付かなかったかの様に過ぎていく人々。自分だけ、世界に切り離された感覚になる。
 ああ、もう。泣きそうだ。
「っ!」
 視界が霞みかけたとき、不意に肩に乗せられた手に、心臓が跳ね上がる。
「君は勇気の、だよね?」
 聞き慣れない声に、ぎこちなく首を後ろに回すと、勇気と同じ組織の制服を着た男の人が立っていた。
「あ、っと……その」
 何を言いたいのか自分でもわからない。だけど、何か言ったほうがいいのか、と思い、必死に言葉を探して
「誰、ですか」
 質問に相応しくない言葉が、喉から搾り出された。
 男はキョトン、とした表情を浮かべて、次の瞬間には腹を抱えて笑っていた。
「あー……ごめんごめん、僕、蓮見っていうんだけど」
 一旦切って、ユフィリアを見る。ただ見ているだけのはずなのに、ユフィリアは品定めされる感覚になる。
 ああ、選ばれてる食べ物って、こんな感覚なんだ、とどこか違った方向に思考を向けていたが、痛いほどの力で反対方向へ腕を引かれ、たたらを踏みながら思わず顔を顰めた。
「っ……」
 何でこんなことになってるんだ。
一人胸の内で愚痴を零して、俯いた。蓮見が何か言うだろう、と少し落ち込んだが、頭上から降ってきたのは思いもしない声だった。それは、面倒だと言いたげな声。
「蓮見さん、数時間振りですね」
 声に反応し、顔を跳ね上げると、自分より高い位置にある赤い双眸からの視線がぶつかった。
「……ユーキ!?」
「蓮見さん、俺達は急ぎますんで。……失礼します」
 最後に蓮見を軽く睨み、ユフィの手を引っ張って足早に歩いていった。





 朝起きるなり寝惚け眼で「頭痛い……」と訴えるユフィリアに、自業自得だ、と思いながら呆れた視線と共に「気のせい」とだけ言った。
 結局昨日の夜は準備なんてできる状態じゃなかったから朝早くに起きて準備しよう、なんて思ったのが甘かった。勇気は問題なく起きれたものの、ユフィリアは酒の勢いも手伝ってか、どれだけ怒鳴っても起きやしない。と言っても、流石に他の人を起こしてしまうのは気がひけるから、それ程大きな声は出していない。
 あれやこれやと色々試してみたが全く起きる気配もなく、諦めてコーヒーを淹れ、机の上に置いた途端、跳ねるように起きだした。
 今までの俺の努力はなんだったんだ。
 一人、心の中で呟き、作業に集中する。その様子を見て、ユフィリアは思い出したように「あ、」と呟いた。
「……何」
 機嫌の悪さもプラスされ、どこかの不良のような目でじろりとユフィリアを見る。
「何でもない、です」
 勇気の目に負け、遂敬語を使ってしまった。
 少しの間俯いてから、
「……ねえ、ユーキは、置いてかない?」
「は?」
 余りに唐突なことで、何を聞かれてるのかさっぱりわからず、なんとも間抜けな声で聞き返してしまった。
「だから、ユーキは、置いてかないよね? 捨てないよね?」
 今にも泣きそうな、不安な表情で恐る恐る尋ねるユフィリア。内容を理解していても、していなくても、この問いに否定で返すことは出来ない。
 置いてくと、捨てる。その意味がわからず、少し考えたが、
「……あー……うん」
 置いてくと捨てる、の共通するところを見つけ、どこか上の空で返した様な返事をしてしまった。
 うん、とは言ったものの、ユフィリアはその前の空白の時間が気になるのか、安心した顔をしていない。
「大丈夫だから、そんなこと考えるな」
 勇気のその言葉を聞き、ようやくユフィリアは安心しきった表情を浮かべた。



「行ってきま、す」
 どこか言い辛そうに別れを告げるユフィリアを見て、勇気は笑顔を貼り付けたまま、深深と頭を下げ、手を取って歩き出した。
 後ろの方でわーわーと騒がしい声が聞こえるが、勇気が一度も振り返ることは無かった。
「ユーキ、いいの?」
「いいも何も、どうせまた会うし」
 手に持った鞄から、一枚の地図を取り出しながら、ぶっきらぼうに答える。
「会えるか、わからないじゃんか……」
 捨て駒、と言われていた勇気。それを思い出し、ユフィリアは無意識に呟いた。しかし、それは勇気に届いてなかったようで、何も言わずに無表情で手招きをした。
「組織は首都の中心に位置するから、ここが組織の本部だ。で、ここがセパレイトワールドとの境界だから、俺が行くのはここまでだ。……ここまでいいか?」
 コクリと首を縦に振るユフィリアを確認すると、地図を鞄の中へ無造作に突っ込んだ。
「結構時間かかるからな。大体……一ヶ月か」
 顎に手を当て、考えるような素振りをして、目だけを辺りに彷徨わせる。組織を出た頃からずっと絡みつくような視線。出所はわからず、ただ、全身に絡みつく視線と気配。それが気持ち悪くて。
「ユーキ? 大丈夫?」
 知らず知らずの内に眉間に皺を寄せていたのか、ユフィリアが控えめに声を掛ける。それに勇気は「ああ」と、吐き出す息と一緒に返した。




「ユーキ、用事って何?」
 勇気がユフィリアを呼び出したのは午後四時のこと。そのあと組織内の女性陣に着替えなどを渡され、流されるままに行動して、現在午後六時少し前。
 普段のラフな格好ではなく、髪を結び、黒いスーツを着こなした格好で勇気はユフィリアをまじまじと眺めた。
「な、何?」
「いや。化けたな、って思って」
 勇気の前に立つユフィリアの格好も普段とは違い、髪を右側で一括りにし、海のような青い色をしたドレスを着ている。
 先の言葉にきょとん、としているユフィリアを見て、
「綺麗だ、ってこと」
 勇気の言ったことを理解して顔を真っ赤にさせたのは、前を行く勇気の背中が既に小さくなったころだった。



「ユーキ、この中入りたくないんだけど」
 眼前に立ち聳える木製の扉の手前十メートルで、ユフィリアが勇気のスーツの裾を掴む。この扉の奥には大きめのホールが広がっている。その中で何があるのか、それが分からないからこそ、余計入る気がなくなる。
「だーめ。入れよ」
 裾を掴んでいた手を引っ張って、扉の前へ行く。そして、手を放すと、扉を開けた。ギギィと重い音を立てながら開かれる扉。その向こうには。
「勇気、遅いよー!」
「先に始めちゃうとこだったぜ?」
「すみません」
 勇気は無表情から一転し、愛想笑いを浮かべる。
「よオし! せーのっ」
 掛け声と共に、鳴り響く乾いた音。同時に、視界が沢山の色で埋められた。
 何がなんだかわからず、呆けているユフィリアに、勇気は手を差し伸べた。
「どうぞ? お姫様」
「お、オヒメサマ!?」
 再び顔を真っ赤に染めるユフィリアに、勇気は少しだけ口角をあげる。勇気にしては珍しい表情を見て、ユフィリアは俯いてしまう。
「勇気、何イジメてんの。さ、こっちにおいで」
 眼鏡をかけ、知的な雰囲気を漂わせる女性がユフィリアの手を取った。まだ顔を真っ赤に染めたまま、ユフィリアはその人のあとを着いていく。
 ユフィリアが案内されたとこには、組織内の数少ない女性陣のいるテーブルだった。その様子を見ながら、勇気はこっそりと移動し、壁に背を預けた。そして、周囲に視線を巡らせて、ヨウラの言ってた“ある集団”を探す。
「何怖い顔してんの?」
 突然隣から掛かった声に驚きながらも、勇気は愛想笑いを浮かべ、
「そんな顔、してました?」
「んー。見間違え、かもね?」
 顔は笑っている。が、目が笑っていなかった。
「それより蓮見さんもあの輪の中へ入ってきたらどうですか?」
 コイツは、苦手だ。何となく。何となくだけど、何か裏を持ってそうで。
「そう? 君は来ないの?」
「俺は一人が好きなんですよ」
 その言葉を聞いた途端、蓮見は楽しそうに笑った。面白い玩具を見つけた子供のように。その笑顔を見て、勇気は体が一気に冷えるのを感じた。体の芯から、心臓から、波紋のように広がる冷たさ。
「それじゃあ、僕は行くよ。」
 去りゆく背中を見ながら、勇気はそっと息を吐き出した。それと同時に、冷たさが無くなる。
「……注意、しとくか……」



「……ヨウラ、何飲ませた?」
 そう問い掛けた勇気の声に怒気が混じってるのは嘘ではないだろう。
 勇気の目の前にはユフィリアがいる。ただいるならいいが、今のユフィリアは酔い潰れていた。さっきからどれだけ体を揺すっても起きる気配がない。
「んー? お酒?」
 呑気な声に、勇気の怒りが更に膨らむ。
「何を呑気に! 明日出発なんだぞ!」
 遂には声を荒げる始末。結構な大声だというのに、ユフィリアは起きるどころか、身じろぎもしない。
「まあ、いいじゃないか。ほら、今日は休め。な?」
「いいじゃないか、って……」
 なんて無責任な。
 そう言おうとした言葉は、ヨウラによって遮られた。
「黙って、ユフィリア連れて戻りな」
 声のトーンを数段も落とし、勇気に聞こえるか聞こえないかぐらいの大きさで告げた。視線は扉に向けたままで。
 ユフィリアを背負いながら勇気も扉を見ると、そこから姿を現したのは蓮見だった。
「何かあったか? 蓮見」
「ああ、総長ですか。……いえ、何もありませんよ」
 視線を動かしたときに、ユフィリアのところで目の色が変わったのを勇気は見逃さなかった。
 その目の色に不快感を覚えた勇気は、蓮見が行ってしまってから行こう、と考え、ヨウラと話している蓮見を見やる。蓮見は二言程ヨウラと話すと、扉へと向かった。
 その瞬間。
「っ……」
 ほんの一瞬だったが、勇気を怯ませるには十分な微笑を口元に浮かべた。ぞくりと背筋を何かが駆け抜ける。そして再び襲う波紋の様な冷え。
「勇気、明日からは何に対しても警戒心を忘れるな」
 命令口調のヨウラの言葉に、勇気は頷くしかなかった。





 どれ程時間が経っても離れてくれなくて、更に、何も話してくれなくて、勇気の中でイラつきや、疑問などが溜まりに溜まっていく。泣き止みもしないから怒鳴りつけることもできず、勇気は頭を抱え続けていた。その挙句の果てには。
「……寝やがった……!」
 急に飛び込んできて、散々泣いて、最終的には人を抱き枕にして泣き疲れて寝やがった。このままじゃ何もできねえじゃねえか。
起こさないようにそっとユフィリアをベッドの上へ寝かせると、その脇へ腰掛けて今日何度目かの溜息をつく。視線をずらすと、ヨウラがこっちを見ながら微かに笑っているのが目に入った。
「何か?」
「いや。微笑ましいなあと思って」
「どこがだ」
 ヨウラを睨みつけて、地面に視線を落とした。
「……何がどうなってんだ?」
「そういえば、来る途中に見かけたんだがな、ある集団が機嫌悪そうにある部屋に入ったのを見たよ」
 ある集団に心当たりがあるのか、勇気は顔をしかめた。
「あいつらか……」
「行くのか?」
「いや、いい。今日はもう寝る……コイツも放してくれねえし」
 コイツ、と視線をユフィリアへ向ける。ユフィリアの右手は、しっかりと勇気の上着の裾を掴んでいる。それも力一杯。
「そうか。お休み」
 ヨウラは勇気に一声掛けると、部屋を後にした。


 それからどちらからも何も聞くことなく、何となくギクシャクしたまま、時間だけが過ぎていった。流石にこのまま出て二人だけになるのは、気が引ける。
 どうしたらいいだろう。一人悩むユフィリアの後ろから、突然声が聞こえた。聞きたいようで聞きたくなかった、勇気の声が。
「おい、明日朝早くから出るから、用意しとけよ」
「わ、わかって、る……」
「……何か?」
 勇気の眉間に寄せられた皺を見て、無意識に体が強張る。
「何、も」
「そう。……ちょっと着いて来て」
 それだけで、何の説明もなしに勇気は歩きだす。その背中を見て、不意にあの時の言葉が脳裏に浮かぶ。
 人売りに引渡したりしてな! という言葉。それを思い出すだけで、未だに体が言い知れない恐怖に包まれる。
「ま、待って!」
 勇気は少しだけ立ち止まり、ユフィリアが追いついたらまた、足を前へ運んだ。その先にあるのは、勇気の部屋。
 聞きなれた扉の開く音に、ユフィリアは、はっとする。
「……入れよ」
 中々入ってこないユフィリアに、痺れを切らした勇気が入るように声をかける。ちらちらと勇気の表情を伺いながら、恐る恐る、といった風に中へ入った。
「座ってて」
 そういって、勇気はコーヒーを淹れに奥へ行く。その背中を見ながら、ユフィリアは近くにあったベッドの端に腰掛ける。視線を彷徨わせれば、机と本棚が目に入った。無造作に置かれていた紙はなくなり、机の上は綺麗になっている。本棚の本も数冊抜けている。
「珍しいものなんかねえだろうが。何見てんだよ」
 いつの間に来たのか、勇気がコーヒーカップを二つ持って立っていた。
「そうだね」
 突き出された片方のカップを両手で持つ。
「早速だけど、本題だ。……何か聞いたのか?」
 ギクリと、体が強張った。ドクン、ドクンと高鳴り始めた心臓が、五月蝿く頭に響く。
「何かって、何を」
「何かったら何か。あの日、何聞いた?」
「何も聞いてない」
 時間など早く過ぎてしまえばいいのに。こういう時に限って、時間は遅く進むんだ。
 心の中で悪態を吐きながら、ユフィリアはコーヒーを啜る。
「……なら、何かあったのか?」
「何もない」
 むすっと仏頂面で返すユフィリアに、勇気は困った顔をした。様な気がした。実際、無表情なので変化を読み取るのが難しい。
「ならいい。……なんで泣いてたのか知らねえけど、余り噂を鵜呑みにすんな」
 勇気の口から出てきた意外な言葉に、ユフィリアは呆然としながら勇気を見つめる。
「何だよ。コーヒーならもうやらねえぞ。」
「違っ!」
 勇気の視線に顔を真っ赤にさせて、慌てて否定する。
「そ。……あー……その今日用事あるから、あまりウロチョロするなよ」
 ユフィリアが首を縦に振るのを確認すると、一人、扉の外へと歩いて行った。





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